Tauchi Sakura*Art

武蔵野美術大学視覚伝達デザイン出身。絵画・イラストレーションに関するブログ。前頭葉に幸あれ。

江古田倶楽部

老舗ブルースバー、江古田倶楽部マスターの訃報。

ストーンズからブルースを知り、マディ·ウォーターズ、ハウリン·ウルフ、ジュニア·ウェルズ、ジョン·リー·フッカー…と聴いていった大学時代。CDの世界だけでなく東京に来たからには実際に演奏している人を聴こう、と江古田倶楽部に足を踏み入れたのは22歳。美大の4年だった。ブルースミュージシャンと知り合い、ライブに行った。

いきなり他の客が開けた酒棚を「そこ、ちゃんと閉めて!」と叱られ、エコクラという店の強烈さを目の当たりにした。
ライブ終わって、深夜全員酔い潰れて暇すぎ、寝てる出演者をスケッチしてたら、マスターが「宮廷画家じゃないんだからそれはいただけない。自分の線を描かなきゃダメだよ」と。「この店、初めて来たんだけど…」「こんな誰に見せるでもなく描いてる切れっぱしのスケッチで言われても」と思ったけど、そこはそのままにしとけなかった。後に絵を持っていった。「こういうの描いてるんです」と。
そしたら、「マスター、あの絵店にしばらく貼ってたよ」と話を聞いた。

言いたい放題言いながら、凄く人を見る人だったと思う。つまんないライブの時はあからさまにつまんなそうだし、良いと本当に嬉しそうにする。



行ったものの店が無人解放になってて笑ったこともあり。通ってた間にムカつく瞬間も若干あったりしたけど、結局江古田倶楽部という場所が好きだった。逆に病気してからだんだん優しくなっていくのが寂しい気もしていた。
終電がなくなった時、早く閉めるようになったエコクラから、どこだか忘れたけどマダムのいる近くの店…あっ、ママンだママン。に連れて行ってくれたのも懐かしい。

「俺は江古田で四半世紀やってる、中央線のブルースシーンなんかに負けてない」と、休業しても復活し休業しても復活し、ずっと店を開け続けていたから、私も2019年になるまで足を運ぶことができた。その間、色んな方が店を維持するためにエコクラを支えていたのも魅力の一つだった。
なんにせよ、薄暗くて暖かい店内と、「BLUES」と光る看板なしには、江古田の風景は思い出せない。
最後に、店で楽しそうにしていたマスターを見れてよかった。ご冥福をお祈りします。